私が『ゼルダの伝説』を愛し始めた十年前、公式の提供する情報はファンにとって十分ではなかった。ファミコンやマリオを世に送り出してきた任天堂は、世界一有名なゲームメーカーといっても過言ではないだろう。『ゼルダ』は、そんな任天堂の看板シリーズであるにも関わらず、当時ゲーム以外の商品展開には消極的に見えた。サウンドトラックなどが一部タイトルで実現していたものの、「画集」や「資料集」が存在しなかったのである。『ゼルダ』の公式イラストを見るには、海外のファンサイトに集められた画像を眺めることが常で、ゲーム雑誌が付録としてミニ画集を公認で制作した際には飛び上がって喜んだものだった。
しかし、二〇一一年に二五周年を迎えると、満を持してシリーズ全体の資料集が登場。その年を境に『ゼルダ』のゲーム外における動きが活発化すると、三〇周年である二〇一七年には三つの書籍が発行された。そのうちの一冊が、『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド マスターワークス』である。同年に発売された最新作『ブレスオブザワイルド』の公式設定資料集で、『ゼルダ』で初めてのタイトル単体公式画集となった。
パッケージイラストなど馴染みのあるイラストはもちろん、アイデア構想段階のコンセプトアートや背景美術、キャラクターの三面図などが収録されている。このあたりは正直他のゲーム資料集でもよく見かける構成である。しかしながら、驚くべきはその量だ。文字資料も含むが、本の大部分は絵画設定が占めており、全体のページ数は四百を超える。そしてハードカバー。やや鈍器だ。量ばかりでなく質も充実しており、他作品の資料集では度々収録から省かれてしまうものも丁寧に扱われ、掲載されている。選ぶのが難しいほどに多い初期段階のデザイン画、特典用イラストのラフ案、背景に存在する小道具の詳細図、劇中に存在する架空の動物の資料など。人物、動物、怪物、自然、建築、機械…資料集は横断的で総合的だ。ゲームはゲーム作品だけがエンタメでなく、資料集もエンタメたりうるのである。資料集が存在しなかったそれまでは、完成形のみを眺め、どうしても「そういうもの」として享受しがちであった。しかし、制作過程を覗くことで、この大いなる作品は長い時間を掛け多くの人々との関わりでできた珠玉の作品であることを知る。一つ一つのものかたちに物語や背景を見出し、新しい楽しみを与えてくれる。
この本の質と量の充実は、読み手である自分が実際に一デザイナーとなり、「じゃあ君、これよろしくね」と手渡された気分になる。この本に収録されるまでに至らず、私たちには届かなかった資料はあとどれだけあるかは分からない。しかし、ページを繰るだけでも相当なクリエイターの血と汗を紙面から感じることができるのだ。強い熱量を浴び、私の脳も刺激を受ける。「私も何かをつくりたい」。創作の連鎖が起きる。