2019年01月07日 13時44分

震える手

asana

羽生善治、吉増剛造 「盤上の海、詩の宇宙」

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 話す時に口は震え、指す時には手が震える。怒りで震えているわけではない。しかし、それでも震えは内からやってくる。震えは自分では止めることができない。しかし私は震える。震えと共に生き、震えと共に死ぬ。

 私は境目で震える。こちらとあちらの間で。私とあなたの間で。なぜ震えるのか私にはわからない。にもかかわらず私は震える。私は怯えている。また震えるのではないかと。でも私は境目を超えてあなたに会いにいく。でもやはり震える。

 でも、きっと震えているのは私だけではないはずだ。棋士も震える。境目で震える。手と手が交差する盤上で震える。棋士の手はこちらからあちらへ手は移っていく。そこで手は震える。そこではもう手は自分の手ではない。一度指したらもう後戻りはできない。でも指さなければならない。指すことは手を作ること、創造すること、しかしそれは同時に大きな不安でもある。何か根源的な不安。

 我々の底にある別の身体。生きる身体ではなく別の身体。人格に身体はない。しかしそれはあくまで法の世界での話だ。我々の人格は絶えずこの別の身体に脅かされている。法の世界の下で我々の人格をじっと見つめる身体。決して飼いならすことのできない身体の存在を確かに我々は感じている。我々にこの視線から逃れる術はない。

 こちらからあちらへ。此岸から彼岸へ。破壊であると同時に創造でもあるこの移行は、棋士や詩人のみに許された特権ではない。だから私も、そしてあなたも震える。悩める人よ、きっとあなたも震えているのだろう。でもあなたの震えはあなただけが感じているのではない。盤上は海、詩は宇宙、なるほどそれはそうなのかもしれない。でもあなただって海の中でもがき、宇宙の中で自分を見失いそうになる-そんな日々を過ごしている。

 『盤上の海、詩の宇宙』は、棋士や詩人の話をしているのではない。あなたの話をしているのだ。将棋や詩という枠組みを超えて、心に響く一冊を。


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