2019年01月22日 20時42分

機械で世界を紡ぐ

佐久間響子

飛浩隆 「自生の夢」

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「電子葉」のような、脳に組み込まれた情報処理装置、いわゆるBMI(ブレインマシンインターフェース)というものはSF作品に度々登場する。これらの技術によって、人間は世の中に溢れる情報を脳の速度より格段に早い速度で処理することができるようになるのである。

今回取り上げる『自生の夢』という作品では、「BI」という「最低保証情報基盤」が登場する。どこにいても情報にアクセスできるようにする装置、という点では電子葉と同じだが、これは人の脳に組み込まれるというわけではなく、公共交通機関のように社会に張り巡らされたものである。そしてBIの上で動くツールとして、「Cassy」という、使い手に関するあらゆる事柄を書記してくれるエージェントが誕生する。これを使えば、生まれたばかりの子どもであれ、詳細な記録が全て子どもの一人称で残されていくというのだ。

さて、このように情報を自動的に処理できる仕組みが人類や社会に備わったとしても、それをより「上手く」使えるかどうかはその使い手次第である。『know』にも道終・知ルという世界最高の情報処理能力を持つ少女が登場するが、ここでもCassyの性能を爆発的に発揮させることができる異能者としてアリス・ウォンと石原克哉が登場する。二人はCassyをただの電子書記としてではなく、第二の自己、拡張された自己であるかのように操ることができるのだ。

注目すべきはこの二人の知能戦。Cassyを使って物語を紡ぎ出し、その物語をARでイメージに描き出し、キャンバスを埋めつくした方が勝ち、というものだ。克哉は十数体ものCassyを完全にコントロールしており、BIを介して地質学や音楽学などありとあらゆるデータベースにアクセスし、猛然と文章を出力していった。世界観の設定作業と並行して、登場人物たちに思い思いに行動と会話を始めさせる。それらが幾重にも重なって、驚異的なイメージを生動させ、たちまちキャンバスを

こうして克哉が持ち前の情報処理能力で「数十体のCassy」を操りキャンバスを埋め尽くしたのに対し、アリスは言葉を操る運動神経が抜群で、「Cassyを使いこなす大勢の詩人」を思うがままに操ることができた。克哉の生み出したイメージの何十倍ものエネルギーの奔流を生み出して、キャンバスの地形ごと隆起させてしまうのだった。

この戦いはいわばただ文章を綴っているだけなのだが、これを読んでいる私にはまるで音楽を紡いでいるような光景が浮かんだ。克哉が操る数十体のCassyはそれぞれが一つの楽器のようで、それぞれを旋律として紡ぎ出して、それらが重なることによってハーモニーが生まれる。克哉はどんな楽器も演奏できる奏者だ。一方でアリスはまるで、楽器を使いこなす奏者を思うがままに操り楽曲を響かせる指揮者のようだった。文章を綴るという行為と、音楽を奏でるという行為は根本的に似たところがあるのかもしれない。なお克哉とアリスはこの戦いで紡ぎ出した文章を、一切読まずに捨ててしまう。彼らにとって重要なのはその物語の内容や面白さではなく、その情報量と密度なのだった。ここでふと、考えたことがある。克哉とアリスがコンピュータやネットワークの力を最大限に生かして紡いだ膨大な情報量の文章を、私たちは「読める」のだろうか?それは素人が圧倒的に上手い音楽家の演奏を聴いたときに、その音色に込められた全ての情報を把握することができない、ただ「すごい」ということしか感じることができないのと同じことなのかもしれない。

#SF


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