2018年12月21日 11時29分

顔の美醜と広告について

上田悠人

テッド チャン 「あなたの人生の物語」

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1) 本との出会い

以前演習の後にドミニク・チェン先生に勧めていただいた『あなたの人生の物語』というSF短編集に収録されている『顔の美醜について』という作品を取り上げる。

2)概要

ルックスの良しあしによって人が判断されてしまうことが「差別」として議論される近未来の社会を、通称「カリー」と呼ばれる「美醜失認措置」を大学に強制導入すべきか否かを問う学生投票を追うドキュメンタリー風の形式で描く作品。「カリー」は、脳機能のごく一部を人為的に停止させることで、人の顔の美醜が認識できなくなる状態を作りだす技術である。

3)評価した点

第一に、テクノロジー描写が優れている。「カリー」の技術的な説得力はもちろん、「カリー」の登場に揺れる社会の描写がとてもリアルだ。本作は「カリー」に対して賛否両論の意見を持つ様々な人のコメントのみで進んでいくが、そのどれもがまったく異なる視点を持っているのに納得してしまうのだ。親に「カリー」を施されて育ったことに反発する女子大生や、「カリー」によってコンプレックスを気にしなくなったという男子学生、「カリー」は表面的な美しさでなく人間の本質的な美を見せてくれると主張する学生会議議長、あえて醜く整形手術する若者にいたるまで、どの未来人の意見も手触りがあり、身近に感じる。それは「カリー」という技術を通して触れられる問題が、とても卑近で切実な事柄であるからだ。また、ドキュメンタリーが進んでいくと神経学者や宗教学者の見解も述べられるが、こちらは美に対する思想的側面からの指摘が鮮やかで、若者の実感とは別の次元で納得感がある。仮想の言論空間が楽しめるのはこの作品の大きな魅力のひとつだ。また、「カリー」に反対する最大の勢力である広告業界の描きかたも現代性が高い。

第二に、構成が優れている。この作品はドキュメンタリー風だが、軸として「カリー推進派と広告業界の攻防」と「カリーをつけて育った女子大生タメラの恋の行方」の二つの物語が進行していく。最終的に、賛成派が優勢だった学生投票はたった一回テレビで放送された反対派のスピーチによってひっくり返されてしまうのだが、実はそのスピーチは、広告代理店が「カリー」の技術を応用して作った、演説の映像を表情やボディランゲージの点から最も人の心を動かすように修正するプログラムを用いて作られた「人工の銘スピーチ」だったのだ。こうして美にまつわる物語は、人工的につくられた名演技の刺激で、日常生活の刺激に満足できなくなり、大衆がメディアのコントロール下におかれるかもしれないディストピア像を提示する。しかし、最後に女子大生タメラが、元恋人との関係の間で悩んだことや感じたことを述べるコメントが、そのディストピア像に対し、美醜とどう付き合うか、愛する人とどう向き合うか、メディアとどう向き合うか、ある姿勢を示す形になって本作は終わる。この構成はとても美しい。

##デザインフィクション演習


この書評に対するリレー書評:




2019年01月20日 17時58分

覗き見と溺れかけ

Niki.T

酒井順子「おばさん未満」

 多分この本を初めて読んだのは小学生かそこらだった。時々、しかし何度もこの可愛いらしい装丁を母親の本棚から取り出してこっそり読んでい・・・

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