2019年01月13日 23時54分

前人未到のゴダール分析

小田崇仁

平倉圭 「ゴダール的方法」

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 平倉圭の『ゴダール的方法』は、ジャン=リュック・ゴダールの映画を驚愕の解像度で分析する前人未到のゴダール論である。ゴダールの映画にはしばしば、一見ランダムなショットのつながりや奇妙な俳優の身振りが見られる。本書は、そのようなゴダール映画の一見無意味に思える部分を、徹底した観察に基づいて分析し、それらが極めて厳密に構成され振りつけられたものであることを明らかにする。

 たとえば、本書の終盤で取り上げられる『アワーミュージック』の一場面。本人役として登場したゴダールが、サラエヴォで「テクストと映像」をめぐるレクチャーを学生相手に行っている。ゴダールはいくつかの写真を学生たちに見せる(そのなかにはアウシュヴィッツの「回教徒」を写した写真も含まれている)。その後、学生の一人がゴダールに質問するものの、なぜかゴダールは質問に答えず、沈黙するゴダールの顔(暗闇に沈んで表情は見えない)だけが約十五秒間写される。

 このゴダールの沈黙については、これまでにも多くの解釈がなされてきた。しかし本書によれば、それらの解釈はいずれも映像の観察に基づいていない。それに対して本書は、ゴダールの沈黙を全く大胆な手法によって痛快なまでに鮮やかに分析してみせる。すなわち「DVDの映像をキャプチャーし、「編集台」にかけて明度とコントラストを上げていく」(本書二九二頁)のである! この操作は、まさしくゴダールが過去の映画等から引用した映像に対して行う操作と同じものだ。つまり、ここでは「ゴダール的方法」でゴダール映画を分析しているのである。このような操作によって暗闇から浮かび上がらせたゴダールの表情を観察して、本書はゴダールが口を半開きにして前歯を見せていることを指摘する。そのうえで本書は、ゴダールのその表情が、彼がレクチャーで学生に見せていた「回教徒」の写真の表情と類似していることを明らかにするのである。

 以上のように本書では、デジタル技術を駆使した「ゴダール的方法」によるゴダール分析が遂行される。それを通じて本書は、「類似」こそがゴダールの映画を貫く核心的ロジックであることを明らかにする。本書を読み終えたとき、もはや私たちはゴダールの映画におけるショットのつながりや俳優の身振りを、ランダムで奇妙なものとして観ることはできないだろう。かわりに私たちが観るのは、驚くべき精度で構成され振り付けられた、「ロジック」としてのゴダール映画なのである。

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