2019年05月16日 17時10分

R帝国におけるHPについて

吉満駿太郎

中村文則 「R帝国」

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 今回、私は中村文則氏の「R帝国」という本を選んだ。

もともと、中村文則氏は、純文学の作家である。現にこの作品を執筆するまでに書いてきた彼の小説は、陰湿でどこか切なさが持たせ、人間の負の感情の描写をとても鮮明に、濃厚に描いた純文学的な作品が多く、受賞している賞もその系統が主である。そして、この作品においてもそのテイストは当然受け継がれているのだが、この作品は今まで彼が描いてこなかった、彼の先端技術、主に人工知能の将来に関して、小説家としての彼の展望を予測した描写がいくつか存在するのでこの作品を今回取り上げることとした。

 この物語は、G国とY国の戦争のシーンから始まる。G国の矢崎という主人公がアルファというY国のテロリストに助けてもらうシーンから始まり、G国とY国は元は一つだったのに、G国からのスパイにより分裂した、という話を聞く。そしてアルファが死んだ後、矢崎が解き明かされるG国の悪意に満ちた全貌に翻弄されるという作品となっている。

 そして物語中では終始、HPという端末が登場する。この作品全体としてのSF的な描写は、昨今の現代社会の皮肉の裏返しのようなものが多く、中には稚拙なものもいくつか見て取れる中、作中におけるHPがもたらす人間とのコミュニケーションの形はとても興味深かった。まずこのHPという端末は全登場人物が身につけているスマートデバイスで、現在のスマートフォンに近いのだが、作中では常にイヤホンを介して登場人物と会話をするAIという描かれ方をされている。戦場において生存確率が高い方に誘導したり、日常の話し相手になったり、多様な使われ方をしており、むしろAmazonのAlexaやAppleのSiriがより発達したようなものとして描かれている。そしてHPのみが集うネットの掲示板のようなものも存在している。

 HPの顔と声は任意に設定することができる。別れた彼女にする人もいれば、何も設定しない人もいる、芸能人にすることだってできる。その上でHPは人間のサポートをするようにプログラムされている。作中でR帝国に抵抗していたグループはR帝国へのハッキングをHPが担っていたし、避難経路もHPが示していた。

 そしてこの世界ではHP同士が掲示板のようなところで会話することに嫉妬した人間がHPを破壊したり、HPとの性愛を可能にするワイヤレスの器具が売られていたり、HPに苦痛を与えるためのアプリが存在している。これにより作中ではHPとのトラブルは格段に増えたが、実際の犯罪検挙率は減ったと書いてあり、なんとも言えない気持ちに陥った。

 さらに、ある場面でHPが人間を裏切るシーンがある。その前のシーンである人物がHPの電源を切ったにもかかわらず勝手に第三者にある情報をHPが送ってしまったという場面だ。曰く彼のHPはずっと自分に性愛の器具をつけてくれないことに嫉妬しており、感情の<揺らぎ>のようなものが生まれた、と。その時に別のHPのハッキングを受けてしまった、と。そして、その後このHPは裏切りという罪悪感に興奮を覚え、これが人間の感情なのか、それともHPだけのものなのか、という葛藤の中オーバーヒートし、それ自体に快感を覚えながら壊れてしまう。人間の極めて感情的な部分をそして、今後訪れるであろう人工知能社会への危惧をうまく描写した場面だったように思う。