2018年12月20日 22時46分

建前世界

小高夏実

星新一 「世界SF全集」

/* */ /* CONTENT AREA */ /* */

 “SF文学“本は好きだが今までほとんど触れてこなかったジャンルである。どこまでがSFと呼ぶにふさわしい作品なのだろうかと悩むとともに、私の頭に浮かんだのは「SFはやっぱり星新一だろう」という結論だった。早速図書館へ行き手にとったのは「世界SF全集」の第28巻、星新一の作品が実に100作も収録された本だった。本を開き目次を見て、気になったタイトルのものを心の赴くままに読み始めた。その中で最も注目した作品が「肩の上の秘書」である。

 主人公のゼーム氏は商品を訪問販売しているセールスマンである。彼の肩の上にはロボット・インコがのっており、そのインコが彼の発した言葉を変換して相手に伝えたり、相手の言葉を要約して報告してくれたりする。彼だけでなく、訪問販売先の主婦や会社の上司など、この時代のすべての人の肩の上にはロボット・インコがのっておりインコを通して人々は会話をしている。そんな世界でゼーム氏の一番の楽しみはバーのマダムに迎えられる時である、という物語である。

 「自分の言葉や相手の言葉を丁寧な言葉で言い直してくれる」これはデザインフィクションの授業内における、あったら良いと思うアプリ発表の際にも受講者から出てきていた考え方である。しかしこの作品では、一見あると便利に感じるそんな商品が、なんとも言えない悲しさを主人公に与えている点に面白さを感じた。この作品の世界では人と人とが実際の声で、自分の言葉を使って会話する機会がない。自分が言った一言は何倍もの長さに丁寧に訳されてインコ越しに相手に伝えられ、相手のインコが言った言葉は一言に訳されて自分に伝えられる。それでは、言葉を発した人物の本心はどこにあるのだろうか。言葉を考えて人に伝える、という労力を省いたこの世界では自分の周り全てが建前で包まれてしまっているのではないだろうか。そんな世界で生きる彼が一番楽しいひと時として「ゼームさんのような、すてきなかたがいらっしゃらないと、お店の雰囲気がなんとなく淋しくて……」とマダムの肩のインコが迎え入れてくれるバー・ギャラクシーにいる時というのだから、その姿はあまりにも滑稽に感じられる。

 また「プラスチックで舗装した道路の上を、自動ローラースケートで走りながら、ゼーム氏は腕時計に目をやった」と冒頭で述べられているように、彼は仕事において街を実際に歩くことはない。そして「買え」と言えば肩に乗ったインコが勝手に商売をしてくれるので交渉を自分でする必要もない。セールスマンとしての仕事の醍醐味であるはずの足を使うことも口を使うこともないのである。そうであるにもかかわらず、仕事が終わると「まったく疲れる」と言う彼の姿からは、便利さと引き換えに自分で成し遂げるという仕事のやりがいや人と関わり合うことの楽しさを失ってしまった人々の毎日が、いかにつまらないものになってしまったのかを考えさせられる。

 人は自分で思考することができる生き物である。それゆえ言葉を選んで使うということもまた人間に与えられた特権なのではないだろうか。偽の言葉に包まれて、偽の言葉に一番の楽しみを感じる。たとえ言葉によって傷つくことがなくなっても、そんな世界は果たして幸福であると言えるのだろうか。

#デザインフィクション演習