2019年11月12日 02時27分

科学によって気づかされること

武石怜奈

東野圭吾 「パラレルワールド・ラブストーリー」

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題名の通り、仮想世界「パラレルワールド」で繰り広げられる恋愛が現実世界に影響し現実の記憶なのか自分が仮想した記憶なのか分からなくなる主人公の話である。作中にはどのシーンが現実でどのシーンが仮想なのかは明確に書かれることはなく、ただ改ページによって2つの世界が入れ替わる。そのため、読んでいると、私までもが現実のシーンがどちらなのか段々と分からなくなって来て主人公と同じような状況に巻き込まれていく錯覚を覚えた。まるで映画を見ているように小説の中の内容を感じられて、自分もテクノロジーによって脳を操作されているような気分になり、普段小説はほぼ全く読まないのだが小説の可能性について考え直させられた。

 この小説では、外部から人の記憶を操作することでその人が想像することを覗くことができるだけでなく操作することができる。それによって仮想現実が作り上げられてしまう。我々も現実に精通した事柄を妄想をしたり夢を見たりすることは多々ある。しかし、それが現実と混同することはないだろう。夢から覚めたらその瞬間に「ああ夢だったのか」という理解に陥る。つまり、どれだけリアルで鮮明な夢を見ようと、想像をこらそうと、現実の記憶と夢などで見た仮想の中の景色は完全に隔離されているということだ。この小説を読んで、逆に我々のこの記憶を分類する能力は凄いものであったんだと気づかされた。破壊的科学技術によって起こり得る恐ろしさだけでなく、テクノロジーによって初めて人類が最初から備え付けられている能力の方が優れていたことに気づくことができるという点で、非常に面白く優れたSF小説であったと思う。

 同時に、この技術が実際に我々の生活に組み込まれたとき、我々にメリットはあるのだろうかと考えさせられた。人の仮想を操作できるメリットとして考えられるものは、例えば寝たきりの患者に、家族と遊んでいたり、本人が身体が動けたらやりたかったことなどを仮想させリアルに感じさせてあげることで家族や大切な人との思い出が増やすことができ幸福度を上げたりすることが可能である。これは一種の精神治療などにも役立つと言える。ただそれらは、操作された仮想世界「パラレルワールド」を現実と履き違えてしまうことを前提として行わなくてはならないため、健全な人に対して行うことはこの小説の主人公のような状況に繋がってしまうのである。

 テクノロジーにおけるメリットとデメリットは必ず存在する。まさにユートピアとディストピアを同時に生み出せる存在がテクノロジーである。