2019年11月12日 12時13分

深淵への招待

RIKO OTSUKI

星新一 「ボッコちゃん」

/* */ /* CONTENT AREA */ /* */

 『ボッコちゃん』の中に収録されているショートショート「冬の蝶」では、文明に頼りすぎた人類の滅亡について描かれている。舞台は、近未来、すべてが自動化された世界に住む夫婦の話である。外は厳しい寒さに包まれていても、家の中は常に快適な環境に整えられ、ボタン一つで食料、衣類をすぐ手に入れられるため、備蓄する必要もない。人が費やさなければならない労力は、極限までカットされているが、機械化された夫婦の生活に、ペットの猿は冷ややかな視線を送っていた。そのようななかで、突如として電力供給がストップし、すべての機械が全く稼働しなくなってしまう。不安感に襲われた夫婦は、互いに身を寄せ合うが、雪降る寒さのなか、食料も情報も手に入れられず、やがて2人、そして、人類の命は尽きてしまう。静まりかえった世界で、残された猿は、新たに自らが主人となったことを喜び、机と椅子の脚を使って楽しげに火起こしを始める。

 この短編集『ボッコちゃん』が発表されたのは、1971年のことであるが、目覚ましい高度経済成長をまだまだ続けていたその時代に、人類の進化と文明について、そしてその先、やがてたどり着くと予測される終末について描かれた。タイトルとなっている「冬の蝶」とは、きっと、人類が滅亡した後の静かな世界のなか、羽を伸ばす猿のことなのであろう。人類が発展を続けたあたたかい季節が過ぎ、やがて冬が訪れる。機械に生命線を握られていた人類は、電気が断たれることにより、いとも簡単に滅亡してしまう。すべて漆黒の闇のなか、雪の降る音のみが聞こえる世界で、楽しげに舞う猿。最後に用意されていた温度差に身を震わせてしまった。デジタルか、アナログか。世界の歴史は繰り返されるのであろうか。様々なことを考えさせられる作品である。

 短い作品の中にも、様々な要素が詰まっており、読みやすいながらにして、現代に生きる我々をハッとさせる星新一の手腕には、圧巻させられる。確かにSF作品であり、フィクション色の強い物語設定ではあるが、間違いなくこれは現実の一部である。星新一は、人々の現在立たされている地点をあらわし、我々が作品を読み進めるにつれ、その先の引き返すことのできない深淵へと招き入れる。読者はその暗さにぞっとさせられるが、星のツアー自体が、シリアスななかに皮肉の込められた、どこか愛嬌のあるものなので、彼の後をついていくように、すんなりと読み進めることができ、病みつきになってしまうのである。