「人は知らないものにぶつかった時、まず何をするか。検索するんだよ」
これは、主人公で恐妻家のシステムエンジニア・渡辺拓実が彼の先輩に言われた言葉だが、まさしくこれが本書のキーワードとなる。彼が生きる100年後の日本(2011年出版) では、ある特定の単語を検索すると国が察知し、検索者の1番弱いところを攻撃するという恐ろしいシステムが敷かれているのだ。渡辺はある不可解な事件を追うことをきっかけにこのシステムの存在に気づく。システムに立ち向かう個人と、個人を排除しようとする国家の様子が上下巻800ページあまりにもわたって描かれる。
本小説は一般的は近未来SFとは異なり、未来的な描写はほとんどなく物語の舞台は現代の日本とさほど変わらない。しかしだからこそ、実際にこんなことが起こりうるのではないか、主人公が伝えようとしていることはまさに情報社会を生きる私達自身へのメッセージではないかとひしひしと感じることができる。
「モダンタイムス(上)(下)」は、2008年第5回本屋大賞を受賞した「ゴールデンスランバー」の制作時期とほぼ同時期に講談社の週刊漫画誌で連載された作品である。またこの作品は大須賀めぐみ作画で漫画化されている「魔王」の50年後を舞台とした続編でもあり、共通した人物が複数登場している。
私は中学生の頃から意味が理解できずとも伊坂幸太郎の小説ばかり読んでいるが、何にそこまで引きつけられるかというと、それは読むだけで少し日々の日常に前向きになれるような、伊坂幸太郎独特の名言の数々が小説内に散らばっている事だと思う。そしてこの上記三作品に共通して言えることは、個人がどうしようもなく大きな力(権力)に流され翻弄されながらも立ち向かう姿であると思う。
「モダンタイムス」の中には「人間は大きな目的のために生きているんじゃない。もっと小さな目的のために生きている」とある。
確かに巨大な国家を前にすると個人は無力だ。しかし、権力に身を任せることに慣れてしまう怖さ、目の前の小さな抵抗に精一杯取り組むことの尊さを今一度考え直させられる作品である。