2019年11月12日 01時38分

居心地

Gnu

星新一 「妖精配給会社」

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自分の居心地がいいように、身辺の環境を整えることは大切だ。寝るときは暖かい部屋がいいし、いい匂いでふかふかの、軽くて分厚い羽毛布団が欲しい。フライパンや電話ボックスは、あまり寝室にはいらないなと思う。インターネットの世界でも、多くの人は同じことをしている。「オタ垢」、「病み垢」、それに「リア垢」などといった言葉を聞いたことはないだろうか。SNSアカウントを複数作成し、ひとつひとつテーマを決めて発言したり、フォローする人を選んだりする。いわゆる「垢分け」は、SNSを使う人々のうちでは特段珍しいことではない。無駄な話題が少なく、自分が興味のあることにどんどんアクセスしやすくなる。さらに、例えばTwitterではブロックやミュートといった機能が存在しており、不要な情報をシャットアウトすることもできる。単語レベルでフィルターがかけられ、快適なインターネット空間が完成する。すっかりおなじみの言葉となった、「嫌なら見なければいい」が比較的実現可能な世界だ。

本書のタイトルにもなっているショートショート、『妖精配給会社』。作中に登場する「妖精」は従順で、人語を喋り、いつも飼い主を褒め称えてくれる。人は甘い言葉を求めているけれど、他人からそれを聞ける機会は多くない。だから、耳が聞こえる人は皆「妖精」の言葉に夢中になった。聞きたい言葉をより多く聞くため、人々は「妖精」を多頭飼いし始めた……という部分まで読んだところで、前述の「垢分け」されたSNSが思い出された。たくさんの情報が溢れる現代、必要な情報を適切に選び取るスキルが重要です。インターネットというものに触れてから今に至るまで、様々な場所で嫌というほど見聞きしたことだ。「必要な情報を適切に選び取る」とはどういうことだろうか。自分が知りたい事柄に関する情報を、無駄な情報に惑わされず確実に手に入れることだ、と、高校を卒業するくらいまで考えていたように思う。しかし、そうではないと今は感じる。SNSが情報獲得に向いているかと言われたらすぐにそうとは答えられないが、自分でも発言しつつ意見を深めたいという場合にはそこそこ有用なツールだろう。興味のある事柄が重なる人々をフォローして、彼らの発言から世界を見たり、自分の発言に共感をもらったりする。好きなように管理できて居心地のいいSNSの沼に、気づかぬうちにどっぷりはまり込む。似た意見をよく見かけ、自分の発言にも共感が集まる世界に入り浸っていれば、外の世界が見えづらくなる可能性はないだろうか。本作でも、人が妖精に夢中になりすぎたあまり、他人との付き合いをやめ妖精とばかり会話をしてしまうようになる。さらに、妖精の褒め言葉により飼い主の思想が強化され、自分が正しいという強い意志のもと喧嘩が起こってしまうという描写まであった。SNSでよく見かける、平行線の言い合いと似たものを感じた。

妖精とSNS、それは全く違うものなのだが、入ってくる情報を都合の良いものにすることで精神的な居心地の良さを得られること、そしてそれと引き換えによくないことも起こるという点に繋がりが見えた。この作品が書かれたのは、1976年だ。約40年後の今、ある意味でこのSF世界は現実になっている。