2019年11月12日 02時28分

超情報化に立ち向かう人間の愛

中澤亜希子

ジャンプ・コミック出版編集部特別編集 「映画 HELLO WORLD 公式ビジュアルガイド」

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1人の少年、そして青年が、愛する人のために、記録の世界を現実に、現実だったはずの世界を記録世界に変えてしまう。そうして世界が転回し、新たな世界が幕を開ける。たった1人の、ただひとつの愛によって。この物語は、"青春恋愛SF小説"という言葉には収まりきらないような、強い愛と、科学に肉体で挑む根性と、超情報化社会でさえも計り知れない、データの未知の可能性で溢れた壮大なストーリーだ。

「HELLO WORLD」は今年の9月20日にアニメ映画として公開されており、この小説も、映画監督の武井克弘氏が野﨑まど氏に話を持ちかけて実現した、映画原作小説だ。武井監督は、「know」という、超情報化社会で人造脳葉の移植が義務付けられた2081年の京都が舞台である野﨑氏の小説を読み、感銘を受け、彼女にオファーをしたという。

「know」と同じく「HELLO WORLD」の舞台は京都だ。本が好きで内気な高校生の堅書直実は、突然現れた10年後の自分に、事故死した最愛の彼女を救うために協力してくれと頼まれる。世界に起こる事象があらゆる細部まで全て記録される世界。10年後のナオミは、彼女が死んだ10年前の"記録"を書き換えるために、記録された過去の世界に自ら入ってきたのだった。そして彼女を救うために記録世界の中で16歳の直実と26歳のナオミが協力し、彼女を救って未来も変わり、ハッピーエンド、、、のはずだった。絶対的な記録を改変し未来を変える代償は、決して小さいものではない。現実世界の彼女を取り戻すには、記録世界の彼女を全て持っていくしかない。そして、どちらかの世界に1人の人間の情報が重複することは許されない。立ちはだかる超情報化社会の計り知れない壁に、立ち向かうたったひとつの大きな愛。愛という感情の強さと、人間が作ったものの人間には制御できないほどの可能性をもった情報たち、そしてそれらに支配される世界を変わらせることの難しさを感じさせられる作品だった。

パラレルワールドをテーマとした漫画や小説はいくつか読んだことがある。未来でいなくなってしまう人を救うために過去をやり直すといったストーリーもよくあるだろう。そういったストーリーでは、過去の世界で何か運命を変えてしまった場合、本来あるべき現実世界と、運命が変わって新たにできる世界、ふたつの世界ができてしまうので、どちらかの世界は消えなければならなくなることが多い。「HELLO WORLD」も、そういったパラレルワールドがテーマのストーリーと似た部分はあるが、主人公が自分の身体をボロボロにしながら何百回も記録世界への侵入を試みるシーンや、どちらかの世界が消えたりどちらかの記憶、人物が消えたりするのではなく、記録世界から現実世界に入り込んだり、また新たに未来の自分の記録世界に入り込んだり、ふたつの世界が読者にも追いきれないほど入れ替わっていくシーンなど、人間の手に負えないほどの情報が世界を司る中で、ひとりの人間が、その膨大で強力なものに、自身の身体や自身の頭で考えつく全ての可能性を駆使して、諦めることなく世界を変えるため立ち向かっていく姿がそこにはあった。単なる壮大なフィクションではない。あり得るようであり得ないような世界の転回を引き起こしてしまうのは、何よりも"アナログ"な、ひとりの人間の一途な愛と根性と必死さだったのだ。普段SF小説を読むことがあまりないが、ここまで壮大なフィクションが繰り広げられているにも関わらず、これだけ人間味を強く感じたことはない。SF小説ではあるが、ひとりの人の生きる強さを1番に感じる作品であった。