2019年11月11日 16時09分

近い将来に起こり得そうな技術

Kaho Wakimoto

テッドチャン 「あなたの人生の物語」

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『人類科学(ヒューマン・サイエンス)の進化』は、2003年に発行されたテッド・チャンによる短編小説『あなたの人生の物語』の中の一つである。テッド・チャンは大学卒業年の翌年(1990年)にデビュー作である『バビロンの塔』でネビュラ賞を受賞して以来、発表する作品はヒューゴ翔、ネビュラ賞、ローカス賞などを受賞している。中国系アメリカ人の著者であるが、日本でも高い評価を受けている。この『あなたの人生の物語』の短編小説は、8つの作品から構成されている。その中で『人類科学(ヒューマン・サイエンス)の進化』を選んだのは、SF小説初心者の私にとって「ザ・SF小説」的印象を与え、そしてSF小説はこんなにも難解なのか、と思わされた作品だったからである。わずか5ページほどであるのにもかかわらず、数分で理解できるような内容ではなく何度も読み返してしまうところも魅力だと思った。

人類の知能を超えた能力を持つ超人類、人類の理解力を凌駕してしまう時代。このような表現が使用されている本文を読むと、SF作品と聞いて一番に頭に思い浮かびそうなテーマの小説だろうと思った。SF作品といえば、科学が発展しすぎて人類の能力をはるかに超え、そして手に負えなくなってしまったような世界を思い浮かべていたからだ。この作品を読み終えると、やはり想像通りで人類を上回る科学の話だったという思いと、何か期待を裏切られたような、想像を上回られた気分になった。それはきっと、全てを説明するわけではなく読者の想像力というか理解力に任されている部分もあるからだろう。

このとても短い小説の中でキーワードとなるのは間違いなくDNT(デジタル・ニューラル・トランスファー)だ。これが具体的に何を意味し、どのような技術なのかはあまり説明されていないが、こんDNTと呼ばれる能力を持たない者、すなわち人類は、DNTを介した情報を理解するどころか触れることさえできないのだ。このDNTを脳内に取り込み、超人類と同等の能力を有するにはその可能性を秘めた選ばれし者だけが受けられる手術を幼少期に行う必要がある。超人類の能力を持たない両親が、超人類になりうる我が子の未来の選択を迫られる。まだ未来のわからない子供に対して、親が将来を決めてしまうという表現にどこか遺伝子操作に近い印象を受けた。事前に我が子の人格から排除したい要素を取り除き、理想の要素だけを集めた人間を、言わば「生産」するような遺伝子操作の世界と、DNTという人類の能力を超えた超人類を作り上げる世界が近い将来を物語っているように感じてしまい不安感にも襲われる。ただ、このようなテクノロジーを生み出したのはほかでもない人類であるのだから、怖気付く必要はない、という締めくくりが読者に安心感を与えるのだろう。