2019年11月11日 23時55分

遊び心のあるメディア技術

福丸愛乃

星新一 「ボッコちゃん・ようこそ地球さん」

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 ドアの前に立ち、「開け、ゴマ」と唱えたことがある人はいるのではないだろうか。それが当たり前のようになった世界が、星新一氏の『ようこそ地球さん』に収録されている『愛の鍵』という物語で描かれている。家のドアに鍵穴はなくなり、「小さな耳の形をしたもの」に合言葉を囁けば開く仕組みである。言葉が鍵になっており、合言葉はいつでも変更可能である。鍵をなくすこともなく、忘れて締め出されることもない。両手が塞がっている時でも、取り出す必要がなくなる。さらに、声の登録や合言葉の二段階設定などにより、セキュリティー面を強化することで、実用化もあり得るだろうと考えた。ここでは、本来のドアの開閉の役割だけでなく、喧嘩したカップルの閉ざされた心のドアも開く鍵として有効的に使われている。彼女は、喧嘩したことを後悔し、合言葉を「悪かった、ごめんなさい」に設定した。彼氏もまた、素直に許せなかったことを悔んでいた。彼女の家へ行き、謝ることが苦手なはずなのに無意識に合言葉を言い、仲直りできたのである。ハートウォーミングな結末である。このメディア技術を取り上げた理由は、2つある。1つめは、視覚的な要素が多いメディアが溢れる中、聴覚的な特性を活かした技術が用いられており、斬新なアイデアであると感じたからである。2つめは、便利になるだけでなく、遊び心や人の温かさを感じたからである。実際、合言葉の鍵よりも便利な鍵が存在する。物理的な鍵は不要であり、AIや顔認証システムの搭載により、自分の顔が鍵となる技術が確立されている。生活が豊かになることは、素晴らしいことであり、喜ばしい。しかし、利便性の追求は、商業主義が色濃く感じられることもある。『ようこそ地球さん』に収録されているいくつかの話の中で、常に利益を追う思考が張り巡らされた人間や人間中心的な世界観が描かれており、見苦しく感じられた。つい利便性の高さを求めてしまいがちであるが、「開け、ゴマ」と唱えてドアが開くような遊び心のあるメディアがもっと存在してもいいのではないかと感じた。

 SF作品は、ファンタジーで虚構であり、現実と無関係のように思っていたが、決して遠くない未来が描かれている。また、宇宙人から見た人間、猿から見た人間など様々な視点からユーモアや皮肉を交えながら人間を映し出している。客観的に人間を見つめ直す機会を与えてくれる。『ようこそ地球さん』は、バラエティーに富んだ作品が42編収録されており、約50年前に発行されながら、時代性を感じさせない。SF作品に馴染みのない私でも楽しんで読み進められた。非現実的であると避けていたが、これを機に様々な作品に触れていきたいと感じた。

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