2019年11月11日 16時47分

見てはいけない未来

まりん

ウェルズ 「タイムマシン」

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自分の意志と選択によって自由に時間を移動することが出来たら!そんな大きな夢をいざ実現させて実際に行った未来は、いつしか一番抜け出したい世界となっていた。本作品はそんな未来のディストピア性を描いた作品であった。イギリスの小説家H・G・ウェルズにより、1895年に発表されたSF小説である本作品は、社会主義に傾倒していたウェルズの政治観を反映した小説であり、彼が見た未来の世界は資本主義における階級構造の結果であると時間旅行者に語らせている。つまり、資本主義の終末を表している作品であるとも言えるだろう。また、この作品は、操縦者の意思と選択によって時間旅行を行う乗り物であるタイムマシンを導入した初期の作品としてだけではなく、他のSF小説作家が当時すでに存在した交通手段をフル活用してタイムマシンの可能性を示唆したのに対し、ウェルズは未だ存在し得ない交通手段を19世紀末に空想科学的に発明したことでも評価されている。

私はSF小説に関する知識は乏しく、読み物を探すのにも苦労したが「タイムマシン」という、いかにも最先端技術を駆使したファンタジー要素の強そうな作品を選んだ。しかし、読み進めていくうちにどうだろう。はじめに数学的な四次元幾何学の話から理論的に時空も超えることが出来るということを納得した気にさせられてから、巧みな描写でタイムマシンの構造についての話が始まる。まるで実物が目の前にあるかのような細かい描写ばかりでその全てを理解するにはこちらがお手上げだった。そしてまもなくしてはやくも八日間における時間旅行を経験してきたタイム・トラヴェラーから時間旅行の話がはじまる。これが凄い。簡単に話の概要だけ話すと、八十万年後の未来にいったタイム・トラヴェラーは人類の種族が二種類に分岐してしまったことを知るのだ。それは現代の階級制度が持続した終末であり、裕福な有閑階級は、イーロイと呼ばれる地上の楽園かに思える(後に偽りの楽園だと分かるが)桃源郷で平和に暮らしているが、一方抑圧された労働階級は地下に追いやられ、最初はイーロイに支配されて彼らの生活を支えるために機械を操作して生産労働に従事していたが、しだいに地下の暗黒世界に適応し、夜の闇に乗じて地上に出ては、知的にも肉体的にも衰えたイーロイを捕らえて食肉とする、アルビノの類人猿を思わせる獰猛な食人種族モーロックへと進化したのである。

そして最後までこの小説では最先端技術や一般に未来と想像して思い描けるような機械化された社会は出てこない。私はこの作品を選んだ当時の自分の幼稚な考え方には反省した。新技術どころか楽しげなファンタジー要素もない。しかし、本作は全てが予想を遥かに上回る未知の世界で、その驚異の発見に気づくまでに伏線が多数引かれているので読み進んでいくうちに、疑問が解決していくのがとても面白かった。

未来は良くなると決めつけている人は多くはないと思うが、技術が発展していく、人間はもはやアンドロイドに台頭されているのではないかと考えを張り巡らせている人は少なくないのではないだろうか。そういう人こそこの本を読んで欲しい。ここでは、機械はおろか、未来で使われる武器はマッチと樟脳、あとは自然だ。八十万年後の世界で一番強い生物は現代に生きるタイム・トラヴェラーなのだ。読み進めていくうちに、本当にそこは未来なのかとわからなくなるほどに廃墟と化した世界が頭に映る。

私も含め、今多くの人が頭に描いている未来はとっくに終わっていて、人類の輝ける勝利は違った形を取り始めていた。人類は自然に打ち勝つとともに、同胞までも葬り去ってしまっていたのだ。

このディストピア小説は、今現代というよりはいずれくる近未来に重大な問題を持ちかけているように思える。今は人間が暮らしやすいように社会を変えようと、様々な問題にぶつかっては頭や労力をつかって考えて進み、成長していく。しかし、これが最終段階に行き着くと人間はイーロイのように無知な存在となってしまう可能性だってある。19世紀末ほどの階級格差はなくなってきているが、だからこそ人間が一様に無知になっていく姿が想像つく。この未来のさらに未来について私たちはどう考えていったらいいのか考えさせられる作品だった。

一つ一つどの場面でも手を抜くことなくきめ細やかに描写された情景描写によって、あたかも自分自身が実際に何か見てはいけないものを見てしまったかのような不思議な感覚に落ちさせてくれるこの経験が実に楽しかった。

#斬新