2019年11月09日 12時48分

「人間」と共生するイキモノ

小林未奈

瀬名秀明 「パラサイト・イヴ」

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瀬名秀明のデビュー作「パラサイト・イヴ」は第2回日本ホラー小説大賞の大賞受賞作に加筆した作品であり、映画化、漫画化、ラジオドラマ、そしてストーリーは異なるがシネマティックRPGというジャンルのテレビゲームにもなった話題作である。ホラー小説でありながらSF小説の様相も見せるこの作品は、著者が東北大学の大学院薬学研究科博士課程に在籍していた際に書かれたためか、設定が現実の今ある技術や研究に基づいて緻密に練り上げられており妙に真実味を帯びている。SFにまるで興味が無く、遺伝子について殆ど知識が無い私であっても一気に読み進めるほどの力を秘めたこの話は、主人公である生科学者・永島利明の妻・永島聖美が交通事故で脳死してしまうところから始まる。利明は聖美の死を受け入れられず聖美の細胞に生を見いだしてしまう。腎臓バンクに登録していた聖美の腎臓が摘出された後、利明は友人に頼み込み肝細胞を秘密裏に入手、培養を始めてしまう。その細胞はEve1と名付けられ「とあること」をし始める。一方で聖美が生きていた頃のストーリーが語られ、現実の利明やこの細胞に関わる人々と過去の聖美の出来事を通して遙か昔からの企みが明らかになっていくという展開になっている。

 前半は生物学的な説明が多く知識が全くない人間からすると少々読みづらく感じてしまうが、物語に散りばめられている違和感が徐々に膨れ上がっていく傍らでそれぞれの登場人物の心情と思惑や生活がテンポ良く交互に描かれており、すらすらと読んでいくことが出来る。その違和感はやがて恐怖を伴うものとなり、終盤に向かうにつれて先の展開が気になりページをめくる手がもどかしいと感じられるまでに没頭してしまう。怖いけれどもこれからどうなってしまうのかという不安と期待を抱かせる実に見事な文章構成および表現である。

 SFというジャンルに限らず「人間」が何かに脅かされるという展開は至る所で見られる。自分たちが支配下に置いていたものが反旗を翻す、そうしたことに恐怖を覚えるからであるかもしれない。例えばAIに仕事を奪われるというのもAIより人間が優位であるという考えの基に、それを覆されるかもしれないという恐れから負の感情がわき上がるのだろうか。「パラサイト・イヴ」においても支配下にあったはずのものがひっくり返される恐怖がじわりじわりと描かれ読んでいてドキドキさせられる。本能的な恐怖とグロテスクでエロティックな描写、ひたひたと迫り来る恐ろしいモノの描き方、そこに生命とは何か、生命の誕生とは何か、人間とは何かという命題が埋め込まれ、最後までぞっとする展開が待ち受けているのでホラー・SF好きな人に限らずぜひ読んで欲しい小説である。

「進化しすぎた」テクノロジーに限らず、身近なテクノロジーと自分たちの側にあるもの・「今の人間」優位の考え方について再考を促される作品であると言えるだろう。

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