2019年11月04日 03時34分

歴史の繰り返すもの

中桐萌絵

上橋菜穂子 「精霊の木」

/* */ /* CONTENT AREA */ /* */

SFというものは現在の人間が書くものであるから、描かれる問題は作者の問題意識に由来するものだと思っている。この「精霊の木」は文化人類学者である上橋菜穂子氏が最初に世に出した物語で、彼女の問題意識が如実に表れているものだと思う。この作品が世に出たのは実に30年も前のことではあるが、その問題意識は現代にも通づるものがあると思う。

物語のあらすじはこうである。地球が惑星移住計画を進め主人公シンとそのいとこのリシアはそのうちの惑星ナイラに住む住民である。しかし彼らは政府によってひそかにナイラの原住民ロシュナールと人間が混血させられ監視されていた家系であり、ある時リシアにロシュナール由来の超能力が目覚める。そしてそれと呼応するようにナイラに謎の光の柱が現れる。政府はそれをもみ消しリシアに人体実験をするために回収しようとする。しかしシンとリシアは協力し、ロシュナールの真実の歴史を知り、その試練を乗り越えていくという話である。

現代にも通ずる問題提起として、たとえば主人公シンたちは政府によって監視された混血家系であり、常に目にも見えないような大きさの蚊のような監視ロボに監視されて生活している。それだけでなく熱量探査によって火を使った場所を記録されたり、パソコンの検索履歴を閲覧されたりしていて、主人公たちはそれにもどかしさを覚えている。これは現代社会でも同じようなことが起きていると言えるのではないだろうか。検索サジェストから興味のある内容を提案されるのは「便利だが気持ち悪い」という感覚をもたらすものである。そして検索した履歴などが政府関係者や企業の人々によって容易に知られてしまえることへの恐怖感も、現代社会を生きる我々にとってはなじみ深いものであるといえる。

また、筆者は自分で物事を知る姿勢の大切さについても説いていると思う。本作では、公共教育の中で政府からの情報隠ぺいがなされ、研究機関にも政府の手が伸びている様子が描かれている。しかも主人公シンは公共教育の内容を信じ、はじめはリシアの話すロシュナールの真実について疑わしさを示していた。しかし自分から真実を知り、政府の情報操作について知ることができた。上橋菜穂子氏は別のエッセイにおいて「目に見える物事だけが本当ではない」という言葉を残している。常に自分の見ているものを疑い、吟味することの重要性は、ネット社会になった現代だからこそより強調されるものなのではないだろうか。

本作はSFというジャンルではあったが、取り扱う問題意識は非常に近現代的なものであると思った。