2019年05月09日 07時41分

『an・an』的日本叙事詩

上田悠人

酒井順子 「An'an no uso」

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『an・an』創刊から45年間の歴史を振り返る、社会学的エッセイ。

僕自身は『an・an』はおろか、『ポパイ』とか『ブルータス』すらもろくに購読したことがない雑誌リテラシーの低い人間なのだが、「an・anにダマされて、女は大人になる」という帯の言葉に引っかかってこの本を手に取ってみた。キャッチフレーズから、『an・an』を告発するような内容を予想していたが、読み進めるうちに、まるでギリシャかエジプトあたりの壮大な叙事詩を読んでいるかのような気分になった。自身も『an・an』とともに大人になった女性の一人である作者の酒井順子さんの語りは、軽やかだが同誌への愛憎入り混じるものだった。この本には、『an・an』が創刊以来それぞれの時代の女性へ試行錯誤しながらメッセージを送り続けてきた、あまりにも人間臭い歴史がありありと描かれている。

「世間の評価なんか気にしない、私は私のオシャレをする」というメッセージから始まった『an・an』は、「ハウスマヌカン(ショップ店員)」や「プレス(広報)」と言った言葉と憧れを生み出し、女性誌の定番である「占い特集」を生み出し、「雑貨ブーム」を生み出し、「セックスできれいになる」という発想を生み出した。

今の「女性向け」とされるコンテンツの中にあまりにもたくさんの「アンアンイズム」が組み込まれていることに「あれもか!」「これもか!」とまず驚いてしまう。

しかし、酒井順子さんは、「ハウスマヌカン」や「プレス」への注目に「恵まれたお金やスキルを必要としない職業で、女性が憧れられる存在が必要だ」という背景があり、「雑貨ブーム」には大量生産大量消費の社会で作られた生活用品があまりにダサかったことへの反動があることを読み解いていく。『an・an』が生み出したアイデアのどれにも当時の世間のある種の「フラストレーション」が見えてくることに、時代を超えて「生身の人間」を感じる。またこの本の愛情深いところは、「当たった企画」だけでなく「多くのハズれた企画」も取り上げているところだが、ハズし企画からも、あるフラストレーションに対して『an・an』的女性はどう生きるべきか、という問いにああでもないこうでもないとメッセージを錯綜させる様子が読み取れる。当然、時代錯誤だったり過激すぎるメッセージも混ざる。タイトルの「嘘」とは、「悪意を持って騙そうとする嘘」ではなく、そういった「時代のフラストレーションに答えを出そうともがく痕跡」のことなのだと思う。

『an・an』の45年間を通して、日本社会の流れを鮮やかに描き出した本書だが、最後の章では、東日本大震災以後、「つながりがないと不安/だけどつながりすぎも疲れそう」というジレンマのなかにある『an・an』が描かれる。まだ日本の社会の誰もが答えに辿り着けていない問いであるが、『an・an』の考え方はそれでも「結婚した方がいいのか」「どんな“働く女性”になればいいのか」と、徹底的に当事者的だ。

僕はそこに、日本社会全体を俯瞰する言説よりももっと“生感”のある時代の流れを感じた。

#偏愛

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