2019年05月16日 18時23分

彼にとっては幸せな悲劇

吉満駿太郎

中村文則 「遮光」

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 この小説のラストシーンを読むと、多くの人間が重苦しい悲劇だと感じるであろうが、もう二度と会うことができない彼女への愛ゆえに彼が構築した幸福な世界の物語だと私は考える。

 あらすじは以下の通りだ。

 主人公は流れるように嘘を吐いている間、快感を覚える虚言癖の青年だ。ある日偶然、隣の部屋と間違えて自分の部屋に来た風俗嬢とあるきっかけで交際することになる。その女性は彼のことを心から愛していたが、彼はその女性のことを特段好きだとも思っていない。だが、彼女のことを想っているような言動を取ることは彼の快となる。歪ながらこの関係は適度にバランスしており、彼女は幸せを享受していたし、彼も結婚を考えるほどであった。おそらく彼も彼女のことを何とも思っていないとは言えど、彼女が喜ぶであろう言動を取り、現にそれで喜ぶ彼女を見ることは彼にとっての幸せであったのだろう。そんな矢先、彼女が事故で突然死してしまう。そして彼は、死んだ彼女の指を病室から持ち帰り、ホルマリン漬けにして常に持ち歩く生活を始める。

 愛と狂気は一体だ、という言説は往々にして耳にすることではあるが、この物語をその言葉で纏めるのは生温く感じる。確かにそこには愛があったし、指を持ち歩くという生活自体は狂気以外の何物でもない。だが、この物語は軸となる部分がそもそも大きく歪んでおり、大多数の市民の日常からは捉えきれない部分が多分にあるように感じる。

 その彼の視点と市民の視点の違いは小説内でも語られる。

彼がホルマリン漬けにした指を入れた瓶を、地下鉄内で落としてしまったシーンがある。乗り合わせた乗客は瓶を見た途端に、嫌な顔をして信じられないという目つきで彼を見た。ここで彼は指を持ち歩いていることに気づかれたと思い、大きく焦りを覚える。おそらく狂人だと思われること以上に、刑務所に入れられた際、彼女の指と離れることになってしまうことを恐れていたように思える。そしてその数日後、家に看病をしに来てくれた友人が、同じ瓶を見た時に乗客と同じ目つきで彼を見た。だが、その驚きや嫌悪感は彼が指を持っていることに対してではなかった。この友人はその中身を芋虫だと勘違いしていたのだ。おそらく地下鉄の乗客たちもそうであったのだろう。

当事者と非当事者の視点というものもあるだろうが、この視点の違い自体が彼の見ている世界と市民の見ている世界の差のように感じてならない。

 そしてその彼の視点の背景になるのは、彼の持つ虚言癖だろう。だが彼の場合、通常でいう虚言癖よりも少し重い。例えば、彼は嘘をついている間、途中から急に熱が入ってその虚言の中に入り込む、という点を指摘されるというシーンがある。役に入りこんで、それに陶酔してしまう、結果その陶酔が彼の快に繋がる、というわけだ。小説の中では、彼の友人をナンパした男たちを殴りたくもないのに、殴っているうちに熱が入り、殺す寸前までなってしまったり、死んだ彼の彼女のことを友人たち(彼らは彼女が死んだことを知らない)に彼女は今留学中だということにしており、彼女が留学先でどういう生活をしているかということを滔々と1時間くらい話したり、という場面が出てくる。これはもう完全に彼が作る彼だけの世界だ。彼の世界が社会と交差した時に、社会という立場から見るとそれは齟齬として認識される。相手が死ぬまで殴る人も死んだ人間をさも生きているかのように語る人間も、社会的には”狂人”とカテゴライズされる。おそらく彼はそれを理解した上で極力、社会と交差させないように行動していた。自分から嘘をつき始めて他人を巻き込むことはなく、何かが起こった際に嘘を吐くというスタイルを崩さなかった。

 だがラストシーン手前で、社会的に”狂人”とカテゴライズされた彼は、自分の世界の中でも一瞬齟齬を生んでしまう。今まで吐いていた嘘を嘘だったといい、そのあとでそれも嘘だったと言ってみたり、とりあえず嘘を吐いてみてそのあとどうなるかをニヤニヤしながら展開を眺めたりする。ここで物語はラストに向かう。自分の世界でも齟齬を生んでしまった彼は、彼氏がいる友人を訪ね、上手く口説き彼女を抱こうとする。彼女もまんざらでは無さそうに受け容れようとするが、そこで主人公が急激に冷めてしまい、ソファに座ったところで彼女の彼氏が帰ってくる。その時、主人公は最終的に世間一般の正しい道を最後には大きく踏み外してしまう。

 しかし、その時主人公は完全に自分の世界を取り戻す。正確には”狂人”として社会と接する覚悟ができたというべきだろう。そしてこれにより、彼が生の世界での人権を手放すことができ、死んでしまった最愛の彼女と真の意味で一体になれたように思える。誰がどう見ても重苦しい悲劇だが、この物語は生きながら死に寄り添った人間が愛ゆえに作り上げた、たった一人の狂人のための幸福な世界だと私は感じた。