「紙離れ」が叫ばれるようになってから、ときどき「実物の本」の価値について考えることがある。電子書籍が一般的になった時代に、「実物の本」として手元に置きたくなる本はどんな本なのか。この不思議な世界観をもった絵本は、そんな問いの一つの答えになるのではないかと思う。
本書は、芸人としても活動しているにしのあきひろが、複数人のイラストレーターを始めとした多くの協力者とともに制作した絵本である。ページ数やページあたりの文量は少なくなく、絵本としては読みごたえがある。物語の舞台は「えんとつ町」、崖に囲まれ、煙突だらけで空が煙に覆われる、いわば閉じた世界。冒頭では郵便屋が心臓を運んでおり、それをゴミ山に落としたことからゴミ人間のプペルが生まれる。町の人々に疎まれるプペルだったが、えんとつそうじ屋の少年ルビッチと出会い、交流するようになる。
本書の大きな特徴の一つは、よく描き込まれた絵である。「えんとつ町」の風景が何度も描写されるが、細部まで描き込まれた絵を眺めているだけで、暗くてがちゃがちゃした町の雰囲気を楽しむことができる。「えんとつ町」という場所の存在、心臓を運ぶという行動、ゴミ人間の誕生…本来説明なしには納得できないようなことも「そういうもの」として成立させることができるのは、この絵が本書の世界を作り出す力を持っているからだろう。
本書の世界を作っているものは他にもある。本書は、文が全て黒地に白文字で書かれている。ページの黒い印象が、暗く閉じた「えんとつ町」の世界を強めている。また、文は日本語の他に英語が併記されている。絵の中ではよく見ると日本語が使われているのだが、登場人物の名前が明らかに日本名でないこともあり、外国の絵本の翻訳版であるかのような雰囲気がある。この英語併記は、実際に英語圏の人が読む場合よりも、この雰囲気の演出の方に貢献しているように感じる。
この作品は、実は著者の意向でウェブ上に無料公開されている。ウェブ版の文は白字に黒文字で、英語併記もない。「実物の本」版との雰囲気の違いは、両者を読み比べればわかるだろう。プペルとルビッチの交流が、物語が、手の込んだ絵や装丁によって、一つの不思議で美しい世界として閉じ込められて完結している。本書を「実物の本」として手に取ることは、内容だけを情報として入手するのとは異なる体験になるだろう。「信じぬくんだ。たとえ一人になっても。」という本書のメッセージに倣い、本書の、他に劣らない「本」としての価値を信じたい。