2019年01月16日 21時00分

障害者ではなく

三木すずな

乙武洋匡 「五体不満足 完全版」

/* */ /* CONTENT AREA */ /* */

昔のことだが、文部科学省が、公用文中での「子ども」という表記を「子供」に統一することを発表した。それでもなお、時折、「子ども」という表記を目にするのは、「供」に差別要素を感じるがために「子ども」という表記にこだわりを持っている人が少なからずいることの証明ではないだろうか。私事だが、私も似たようなこだわりを持っている。私は「障碍者」や「障害者」といった表記は決してせず、「障がい者」と書くように決めている。何も悪くない彼らを「害」とすることに強い抵抗があるからだ。

この「五体不満足」の中で、乙武氏の小学校時代の先生として、岡先生と高木先生という二人の先生が登場している。この二人の、乙武氏への向き合い方の違いは、この本の中の考えさせられる点の一つだろう。高木先生は、乙武氏に対してあくまで他の生徒と同様に接し、「できない」「やらない」を許さない。岡先生は、「できること」と「できないこと」を乙武氏自身に認識させ、乙武氏は「できること」において活躍すれば良いと考える。

どちらの教育法がより正しいかという問いに正解はないだろう。好みは人それぞれだし、年齢によっても感じ方は変わるものだ。したがって、どちらが正しいかということは考えない。ただ、二人に共通するものがあることに着目したい。二人は共に、乙武氏を成長させようとしているのである。高木先生は、他の生徒と同様に扱うことによって乙武氏に自己肯定感を与えている。岡先生は、乙武氏を失望させないというやり方で、彼に自己肯定感を与えている。両者ともに、乙武氏を拒まず、受入れ、前向きにさせようとしている。

「障害者」という表記のごとく、障がいが「害」とされがちな世の中で、彼らは自己肯定感を失いやすい。しかし、忘れてはならないのは、彼らは何も悪くないということだ。視力の低さは害だろうか?足の遅さは害だろうか?同じことだ。車椅子に乗っていることは害だろうか?補聴器をつけていることは害だろうか?彼らの幸福は私達が彼らにどう接するかにかかっている。

私はサークル活動で障がい者に関わる仕事をしていた。いかなる時も彼らの前で不服な顔はみせず、常に笑顔で、あたたかく彼らを受け入れるということを心に決めていた。おかげで、彼らの幸せそうな顔をたくさん見れた。障がい者が生きやすい世の中のためにはバリアフリーが必要だ。ただ、物理的なバリアフリーは簡単に達成されても、心理的なバリアフリーは達成が困難だ。少しでもはやく、障がい者が生きやすい世の中ができることを願う。

#障がい

#五体不満足