2018年12月20日 17時33分

もし実現したら

林崎 美侑

長谷敏司 「Mai hyumaniti」

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普段本や映画を選ぶ際、私はいつもカバーのビジュアルで判断している。しかし、作品を探すに当たり今回はビジュアルで選ばないようにしようと思い立ち、この作品を選んだ。また、漢字が並ぶ中でこの本だけアルファベットで目立っていたという理由も挙げられる。

この本は、2089年のシアトルでの社会を描いており、擬似神経制御言語ITP(Image Transfer Protocol)の実用化についての物語である。ITPは経験伝達という技術により、擬似神経を使用者の脳内に構成することで、あらゆる神経連結を模倣することができる。この技術を利用すると高度な専門技術者を簡単に養成できるため、ITPには強い期待が寄せられていたのだがそれらはアメリカ人により開発されたため英語圏文化で脳神経地図の基準値を取っているおり、英語圏文化への洗脳だと批判されていた。そこでこの批判への欠陥改善策として調整接尾辞を実装してITP基準値を各国文化に修正する試みがされた。この調整接尾辞の開発チームに所属するのが主人公で日本人のササキ・ケンゾーである。この開発チームでは日々研究を重ねるにあたり、方向性について意見が対立している。1つ目はケンゾーの考える、性能優先派で固有文化を重要としない考えの人々であり、2つ目は彼の同僚のジャック・リズリーが考える文化の特徴を保護する意見の人々である。ケンゾーとジャックはいつも意見が対立しており、議論は平行線であった。しかしある日ケンゾーはひょんな事から死の恐怖に直面する。死を目の前にした時、彼は思考も気持ちも形にできなかった。その上彼は帰属意識や信念、情愛、信仰などが薄く、文化的にどこにも帰属していなかった。そこで彼は、人間に必要なのは言葉ないし文化であると気づき、日本についての深い理解を手に入れるために《特徴を強調した日本人》の経験伝達である《ミフネ》を自身のITP制御部に実装した。本来これは私用で使うことは禁止されていたが彼は自身の孤独感を帰属意識を得ることによって払拭しようとした。これによりケンゾーは日本人らしく振舞うことが可能になるが、ケンゾーは経験伝達がシナプスを次第に形成していくことにより日本人「謙三」となる。その後、ジャックの裏切りなどを経て、謙三は研究の方向性を悟り、経験伝達を止めてケンゾーへと戻っていく。

わたしはこの経験伝達という技術は実現し得ないと考える。ITPは人間の脳を完全に記述できるとある部分は百歩譲っても、調整接尾辞を開発したところで言語による世界認識が違う分それらを完全に表現することは不可能であると考える。この本の中では経験伝達の抽出モニターを日本人から採集している。しかしいくらモニターをとってサンプルを集めても、文化的背景を完全に取り切ることはできないし、文化自体が目に見えず、常に変化し個体差があることから実現は難しいと感じる。

わたしが特に興味深いと感じた点は、途中でケンゾーが謙三に変わる点である。もし将来的にこの自己矯正という技術が一般化されたら、文化的特徴が人格に強制されたり、政治的に悪用されたりすることが起きるのではないかと危険を感じた。技術にデメリットは付き物であるが、この技術の発展の先にディストピアが容易に想像でき、実現して欲しくないと思った。しかしこの技術が実用化されたら知識が簡単に手に入るため学校は必要なくなるのかもしれないと思え、それは人によってはユートピアになりうるのかもしれないと感じた。

##デザインフィクション演習