2018年12月20日 05時35分

もしも言語が進化したら?

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牧野 修 「月世界小説」

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 この課題に取り組むにあたり「SF小説 おすすめ」で検索をかけた。すると、多種多様なジャンル・内容のSF小説が出て来た。一通り見てみるとどうにも海外小説の翻訳作品が多い。私は日本人の書いたSF小説は星新一くらいしか触れたことがないと思い、日本のオリジナルのSF小説を探した。その中で出会ったのが『月世界小説』である。私は以前から言語の持つ力に興味があり、「言語系SF」と銘打たれたこの小説を選んだ。

 『月世界小説』はいくつかのパラレルワールドが並行して存在する世界で、主人公の菱屋修介や別の世界の菱屋修介に当たる人物たち(異本)が「神」と戦う物語である。この小説では世界は言葉によって作り上げられている。つまり言語能力が仮想世界を作り上げる力を持つ。この小説での世界は、人間の言語能力が可能にした人々の妄想が作り上げた仮想世界が無限に並列する形で存在している。冒頭で、菱屋が存在する日本は終末を迎え、彼は自分の妄想が作り出した「月世界」に逃げ込み、そこで自身の作り上げた世界が仮想世界として存在することを知ることになる。「神」は「非言語的存在」とも言われ、あるがままの本来の世界のみを肯定し、人間が言葉によって作り出した世界と言語そのものを消し去ろうとする。物語の中ではニホン語が神との戦いの武器となっていく。

 菱屋の異本であるヒッシャーの世界ではニホンは戦後アメリカの領土となり、ニホン語は失われ全てのニホン人は英語を話していた。ヒッシャーは不自然に失われたニホン語に疑問をもち独自の調査を行う内に、世界を決定的に変える力を持ったニホン語を取り戻させまいとする神と、不思議な力を持つ言語(ポリイ)を駆使して神と戦う「モノノケ」たちの抗争に巻き込まれていく。擬似ニホン語として発明されたポリイは形があり、文字が全て現実となり、現実は物語に置き換えられる。ポリイを習得した人間は世界の認識方法が変化し、文字によって現実を再構築することができる。すべての物は文字に置き換えられ、話者は物語を語ることで置き換えた文字量が許す範囲で現実を変化させるのである。

 小説の中で、言語は形を持ち、重みをもち、五感に訴えかける力を持っている。だがそれは私たちの現実世界でも同じではないだろうか。言語の誕生は人類の文化的特異点であるというが、言語は人間の歴史の中でもっとも偉大で、人間を人間たらしめた発明であると私は考える。人間は世界をあるがままに認識することはできず、言語によって世界を再構成することでのみ世界を捉えて関わりを持つことができる。逆に、言語で表現できないものを私たちは認識することができない。感じ取ることができても言葉がなくては表現することも伝え残していくこともできない。しかし将来、めまぐるしい技術発展が言語そのものを変化させる力を持つ段階にまで及んだら、我々の世界認識はどう変化するだろうか。『月世界小説』は人間が生み出した言語が進化した形を描写し、言語そのもののあり方が変化した世界を我々に想像させる類を見ない作品であると言える。

##デザインフィクション演習